2025
5/28

DX戦略の目玉?
「DX戦略に『全社員DX人材化計画』を盛り込みたいんです」
DX戦略策定を支援しているある企業で、情シス部長から相談を受けました。
・社員全員のDXスキルを底上げして、全社的なDXへつなげたい
・スキルレベルは初級者・中級者・上級者に分けて、育成したい
・データ分析やノーコード開発ができる現場人材を育てたい
という構想のようです。
それに先駆けて、DXリテラシー研修やeラーニング、集合研修、資格取得などの施策も検討しているとのこと。
雑誌やニュースでも、よく話に出てきます。大手企業の事例としても取り上げられています。
ただ、私はこの手の話に、正直あまり乗り気ではありません。というか、あえて言うなら、少し嫌いです。
本当に、それでDXが進むのでしょうか?
人材育成は目的ではない
そもそも、なぜ「DX人材育成」をするのでしょうか?
「全社員をDX人材にする!」というスローガンは、非常にインパクトがあります。対外的なアピールになりますし、経営層や株主への説明としても効果的。鳴り物入りで転職してきたCIOが、わかりやすく施策を打ち出したい場面でも、よく登場します。
しかし、よく考えてみてください。人材育成とは「手段」であって、「目的」ではありません。
本来やりたいことは、「DX」であるはず。
DXの目的は、業務改革やビジネス変革といった「トランスフォーメーション」です。「全社員がDXスキルを持っている」ことと、「会社のDXが成功している」ことは、イコールではありません。
それなのに、「研修受講者数」や「資格取得者数」、「認定人数」などの「数」がKPIになり、いつの間にか「育成すること」自体が目的になってしまう。
そんな構図をよく見かけます。
現場DXを担うのは、本当に現場か?
DX人材育成の文脈では、よく「ノーコード開発人材」「データ分析・活用人材」といった言葉が出てきます。
たしかに、現場ですばやくノーコードのアプリを作れるなら、現場DXは加速するでしょう。とても理想的です。
しかし、現場は「本業」があります。そこに時間を割いてまで、アプリを作ったり、データを分析したり、「不慣れ」なことをするのは、大きな負担となります。
人には「向き・不向き」があります。苦手なことを平均点に引き上げるよりも、得意なことを伸ばし、組み合わせてチームとして成果を出す。このほうが、組織としては合理的です。
現場が本業に専念し、ノーコード開発やデータ分析は「後方支援」のスペシャリストが担う。その方が効率的ではないでしょうか。
もちろん「業務知識」のない支援者だと、仕様理解に時間がかかるという課題もあります。「それなら現場が作ったほうが早い」という理屈もわかります。
だからこそ、必要なのは「ブリッジ」です。業務とITをつなぐ橋渡し役。
では、このブリッジは誰がやればいいのでしょうか?
もちろん、「情シス」でしょう。
情シスが強ければ、現場は本業に専念できる
全ユーザーがデジタル好きなら、全社員DX人材化でもよいでしょう。
でも、現実は、そうではありません。
「ITと聞いただけで拒絶反応が出る」人も少なくありません。特に年齢層が高い部門では、無理に押し付ければ、モチベーションが下がります。
私が以前、現場ユーザーにあるITツールの使い方をレクチャーしたときのこと。
「私はこんなことをやりたくてこの会社に来たわけじゃない」
と一蹴されたことがあります。今でも鮮明に覚えています。得意げにITを押し付けていた私の頭を、ハンマーで殴られた気分でした。
得手不得手のある人間に、一律でIT教育を施しても、ストレスになるだけです。成果につながらない可能性が高くなります。
本業とのバランスが崩れ、現場の生産性が落ちたら、誰が責任を取るのでしょうか?
しかも「全員が責任を持つ」というのは、裏を返せば「誰も責任を持たない」となりかねません。「誰かがやるだろう」では、誰もリードしない。
そんな空中分解を避けるためにも、DXを担うべき人材は「選抜」し、「集中育成」するほうが、はるかに効果的だと考えます。
そして、それをリードするのが「情シス」です。情シスが強ければ、現場は本業に専念できます。組織が「全体最適化」されるのです。
全社員教育が悪いわけではない
もちろん、全社員教育のすべてを否定するわけではありません。
たとえば、セキュリティ教育。これは全社員に徹底すべきでしょう。意識の低い一人が会社全体に致命的なリスクをもたらす可能性があるからです。
また、生成AIも同じく、全社育成を検討する価値があるテーマだと私は思います。なぜなら、生成AIは応用範囲が非常に広く、使い方次第で、どの部署でも大きなインパクトを与える可能性があるからです。
でも、「全社員でアプリ開発」や「全社員でデータ分析」などは、さすがに無理筋だと思います。発想が飛躍しすぎています。
ITサービス系の会社やDXをウリにする企業であれば、戦略として成り立つかもしれません。ですが、一般の企業がその「言葉の響き」だけでマネをすると、ただの「スローガン化」する可能性が高くなります。
情シス人材育成・強化計画
「実は、私もモヤモヤしていたんです」
情シス部長に言われました。やはり雑誌の記事に影響を受けたとのこと。
その後、計画は見直され、データ分析とノーコード開発は、現場でやる気のあるメンバーを集めて、プロジェクト形式で進めていく形となりました。
並行して、「情シス人材育成・強化」がDX戦略に盛り込まれています。
さぁ、情シスを強くしていきましょう。
現場が本業に集中できるように。現場とITの橋渡しをできるように。
貴社のIT部門・情報システム部門は、どのような「DX人材育成」を進めていますか?
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情シスコンサルタント
田村 昇平
情シス(IT部門、情報システム部門)を支援するコンサルタント。
支援した情シスは20社以上、プロジェクト数は60以上に及ぶ。ITベンダー側で10年、ユーザー企業側で13年のITプロジェクト経験を経て、情シスコンサルティング株式会社を設立。
多くの現場経験をもとに、プロジェクトの全工程を網羅した業界初のユーザー企業側ノウハウ集『システム発注から導入までを成功させる90の鉄則』を上梓、好評を得る。同書は多くの情シスで研修教材にもなっている。
また、プロジェクトの膨大な課題を悶絶しながらさばいていくうちに、失敗する原因は「上流工程」にあるとの結論にたどり着く。そのため、ベンダー選定までの上流工程のノウハウを編み出し『御社のシステム発注は、なぜ「ベンダー選び」で失敗するのか』を上梓し、情シスにインストールするようになる。
「情シスが会社を強くする」という信念のもと、情シスの現場を日々奔走している。
著書の詳細は、こちらをご覧ください。