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エクセル職人の「自動化」が頓挫する本当の理由

2026

4/15

止まったままの自動化プロジェクト

「手作業の集計を自動化し、負担を減らす」

あるデータドリブン経営のプロジェクト計画書。その目的に、情シスはそう記していました。

この企業では、経営会議の資料作成において、毎回基幹システムからCSVファイルをダウンロードし、エクセル職人による複雑な加工を行っています。

その作業を担っているのが、事業部門のベテランであるAさんです。Aさんは何でも知っており、現場からの問い合わせを一手に引き受けるキーパーソンでもあります。

緻密な数値計算と、シートをまたぐ複雑なロジック。月次処理で数字が確定してからの3日間は、Aさんが集中してこの集計作業を行います。

そのため、毎月この時期はAさんに他の仕事をお願いできません。非常に立て込んでいて殺気立っており、周囲も気を使って話しかけられない状態です。緊急の依頼があっても、この3日間は業務が凍結し、先送りになってしまいます。

Aさんに完全に属人化しており、他の人にはできない「職人芸」なのです。

それを見かねた情シスが、BIツールの導入を企画しました。

Aさんの職人芸をBIで再現して自動化し、Aさんを過酷な作業から解放する。この企画を承認した事業部門長がプロジェクトオーナーとなり、BIプロジェクトが立ち上がります。

それから1年が経過しました。

実は、いまだに運用には至っていません。

BIによるエクセルの再現はでき、技術的には自動化の目処が立っていました。

それなのに、なぜ、運用に至っていないのでしょうか?

運用に至らなかった理由

事業部門長から「Aさんに丁寧にヒアリングして進めるように」と指示を受けた情シスは、AさんにBIの趣旨を説明します。

プロトタイプを見せてフィードバックをもらい、修正する作業を3ヶ月繰り返しました。ようやく数字は一致するようになりましたが、ここでAさんが難色を示しました。

「レイアウトが今までと違う。これでは使えない」

現行のエクセルは、6つのグラフを高密度に配置し、隙間に補足テキストを埋め込んだ、レイアウト自由度の高い1枚の紙です。一方のBIは縦にスクロールする形となり、印刷すると6枚になってしまいます。

事業部門長に相談しても、「Aさんと話し合って決めるように」と言われるだけ。情シスはAさんの意向を尊重してレイアウトを圧縮しましたが、2枚が限界で、現行の1枚には収まりきりません。これが、運用に至っていない理由となっていました。

しかし、ここには大きく3つの問題が潜んでいます。

「親切心」が職人のプライドを傷つける

1つ目は、情シスの「初動の持って行き方」です。

「忙しいだろうから助けてあげる」という情シスの親切心が、Aさんにとっては「あなたの仕事には価値がない」と受け止められてしまった可能性があります。

Aさんには「これだけの時間を投じて、会社に貢献している」という強い自負があります。それなのに、業務を深く知らない外部の人間から、簡単に自動化して置き換えられると言われれば、自尊心が傷つきます。

「お前の働き方は非効率だ」という叱責に聞こえ、自分が築いてきた「職人としての居場所」を奪う脅威に見えたことでしょう。

情シスは自動化の話の前に、まずはAさんの「誇りに思っている仕事の重要性」や「これまでの苦労」を理解し、共感すべきでした。現在の柔軟な対応がどれほど大変で、どのような工夫を盛り込んだ職人技が行われているかをヒアリングし、受け止める。

その上で「あなたの仕事を奪う」のではなく「Aさんの貴重な時間を奪う手作業を何とかしたい」という構図を作るべきだったのです。

担当者に意見を求めてはいけない

2つ目の問題は、Aさんに「意見を求めた」ことです。

ヒアリングすることと、意見を求めることは、似ているようで全く違います。

Aさんにとって、今のエクセル職人芸が肯定され、称賛され、これまで通りの方法で実現する方がいいに決まっています。

自分のスキルをフル活用し、完璧に整えられたレイアウトで出力され、それが経営会議で使われる。これ以上の「存在証明」はありません。

自動化によって残業は減るかもしれませんが、今まで培ったスキルを使う機会や、自身のアイデンティティが失われる方が、本人にとっては大ダメージでしょう。

そもそも、本人は毎月の作業に慣れており、苦労だと思っていません。むしろ「手作業だからこそ柔軟に対応できる」と肯定しています。さらに、運用を変えて新しいシステムを覚える方が面倒です。

つまり、Aさんには変革する「動機」がないのです。

動機がない人に意見を求めても、現状を肯定するに決まっています。情シスの提案は親切の押し売りに見え、「余計なお世話」なのです。

今回、たまたまレイアウトを理由にやんわりと断りましたが、仮にレイアウトが解決しても、「特定の条件下で数値が合わない」などイレギュラーケースを挙げてきたことでしょう。

結局は、別の「もっともらしい理由」を出して見送りになっていたと思います。

変革を阻む根本原因は「部門長」

3つ目は、根本的な原因です。

それは、事業部門長が「リーダーシップ」を取らなかった点です。

事業部門長は、業務のかなりの部分をAさんに依存し、複雑なタスクを丸投げしていました。だからこそ、Aさんの機嫌を損ねたくないのです。協力してくれなくなると、自分の仕事にも支障が出るからです。

本来、業務フローを変えるような変革は、部門長がトップダウンで進めなければ実現しません。ベテランであろうと担当者であるAさんに、意思決定を委ねている時点で間違っているのです。

つまり、組織構造的に「変革ができない体制」だったのです。

Aさんが部門全体の「ボトルネック」となり、周囲の残業を生んでいることを、事業部門長が一番分かっていました。しかし、他に頼れる人がおらず、自分も忙しいことを理由に、正面から向き合わずに先送りにしてきました。

つまり、情シスは最初から苦戦を強いられる状況だったのです。

では、どうすれば良かったのでしょうか?

トップの覚悟がシステムを動かす

「今まで逃げてしまっていたが、今回はやりきる」

その後、事業部門長、情シス部長、そして経営者のトップ3で、今後のDX戦略について話し合いの場が持たれました。

その場で事業部門長は、自らの覚悟を決め、強く宣言しました。

以降、事業部門長がトップダウンで変革をリードしていきます。

経営会議での資料レイアウト変更、さらにはペーパーレス化への移行を経営陣に説明し、合意を取り付けました。「縦スクロールでも、数字が正確であればよい。数値検証だけ徹底して運用を開始する」と方針を定めたのです。

そして事業部門長は、Aさんと二人きりで話し合いました。

「Aさんには、より重要度の高い〇〇タスクに専念してもらいたい。この新たなタスクこそ会社の将来がかかっており、Aさんにしか頼めない。だから、この集計の手作業に時間を使ってほしくない」

この説明で、大きな山が動きます。

Aさんは深く納得し、前向きになったのです。

見違えるように機嫌が良くなったAさんは、新システムの検証にも協力的になります。自ら「問題ない」とお墨付きを与え、「何かあれば俺がフォローする」とも言ってくれました。

それからわずか2週間後、あっという間に自動化運用が開始されたのです。

いくらITやシステム、デジタルが便利で自動化できたとしても、それだけでは変革はできません。情シスがいくら頑張っても、実現しないのです。

変革を実現するのは、常に「トップダウン」です。

トップが腹を括り、覚悟を持って変革を進める。その強力な「後ろ盾」を得て、情シスが推進する。これに尽きます。

貴社は、変革を情シスに丸投げせずに、トップダウンで進めているでしょうか?

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DXで経営戦略を仕組み化する技術

情シスコンサルティング株式会社
田村 昇平

情報システム部門(情シス)を起点に、経営戦略とDXを統合するコンサルタント。

システム開発を10年、ユーザー側のITプロジェクト支援を13年。ベンダーとユーザー、双方の立場を経て独立。これまで30社以上、100を超えるプロジェクトに携わる。

近年は、現場主導のDXが行き詰まる企業が多い現実を踏まえ、「経営主導」への転換を提唱。トップダウンでDX戦略を策定し、実行可能な形で「仕組み化」する支援を行っている。併せて、「情シスをDX推進の中核組織」へと進化させる独自メソッドも確立してきた。

膨大な現場経験での数多くの失敗や板挟みとなる葛藤。それらを乗り越えてきた知見をもとに、机上論ではない「再現性のあるDX」を追求する実務家として、経営者・CIO・情シス部長と伴走している。

主な著書に『システム発注から導入までを成功させる90の鉄則』『御社のシステム発注は、なぜ「ベンダー選び」で失敗するのか』『DXで経営戦略を仕組み化する技術』がある。

著書の詳細は、こちらをご覧ください。