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DX戦略に「デジタル人材育成計画」は入っていますか?

2025

12/25

DX戦略に「デジタル人材育成計画」は入っていますか?

現場がデジタルを使わない

「ウチの社員はITリテラシーが低いんだよ」

先日、ある企業の社長がため息交じりにこぼしました。

「生成AIを全社導入したんだけど、ほとんど使われてない。少し前に入れたBIツールも使われていない。これじゃDXどころの話じゃないよ」

社長は、苦笑いを浮かべます。

「どうやってDX人材を育てればいいの?」

これは、極めて本質的で、簡単には答えの出ない問いです。しかし、程度の差こそあれ、この悩みは多くの企業に共通しています。

デフォルトの状態では、DXを歓迎する人の方が少ないでしょう。

人材育成は経営課題

昔は、現場業務に専念すれば問題ありませんでした。それが生産性を上げるシンプルかつ最も効果のある方法であり、職務だったからです。

しかし、今は状況がまったく違います。

生成AIの登場によって、ツールの使い方ひとつで個人の生産性は大きく変わる時代になりました。

その結果、デジタルリテラシーの有無が、無視できないレベルの「パフォーマンス格差」を生み出してします。

これは能力差ではありません。

「知っているか」「触ったことがあるか」という差にすぎません。

それでも、その差は確実に成果となって表れます。

さらに、リテラシーの欠如は生産性低下だけでなく、リスク要因にもなります。

不用意な生成AIの利用による情報漏洩、フィッシングメールへの対応ミスなど、個人の判断が企業全体を危険に晒すケースも珍しくありません。

つまり、デジタル人材育成は、企業の競争力そのものを左右するテーマであり、最終的には企業の存続に直結する「経営課題」なのです。

もはや、「社員が勝手に勉強してくれるだろう」と期待する段階は過ぎました。経営として、明確な「デジタル人材育成計画」を持つ必要があります。

では、どのように計画を立てればよいのでしょうか?

デジタル人材育成計画

デジタル人材育成を考える際は、対象を大きく2つの層に分けると、整理しやすくなります。

① 全社員
② DX推進エキスパート

全社員に高度なデジタルスキルを求めても、多くの場合「やらされ仕事」だけが残ります。専門知識を覚えても、日々の業務と結びつかなければ、活用イメージが沸かないからです。

そのため、「全社員に求める最低限のリテラシー」と「専門性を求める人材」を明確に分け、育成に濃淡をつけることが重要です。

① 共通基盤:全社員向けのリテラシー教育

まず取り組むべきは、全社員の土台づくりです。目的は「スキルの底上げ」と「リスクの最小化」にあります。

ここでは、「意識改革(研修)」→「学習(eラーニング)」→「証明(資格)」という3ステップで設計していきます。
 

ステップ1:集合研修(意識改革)

いきなり「勉強しろ」と言われても、社員は動きません。まずは「なぜやるのか」を腹落ちさせる必要があります。

ここで効果的なのが「集合研修」です。

とりわけ、キックオフ研修などで経営者や本部長が直接登壇し、「なぜ今、我が社にDXが必要なのか」「変わらなければ、会社はどうなってしまうのか」を肉声で語る効果は絶大です。トップの危機感と本気度は、対面でこそ伝わります。

また、「ハンズオン(体験型)研修」も極めて有効です。

特に生成AIなどは、言葉で説明を聞くよりも「実際に触ってみて、面倒な作業が一瞬で終わる」という体験をした方が、理解のスピードが圧倒的に早まります。

「DXを押し付けられた」という被害者意識が、「DXは自分を楽にしてくれる」という主体的な関心に変わるのは、熱を伴う集合研修だけです。
 

ステップ2:eラーニング(学習)

意識が変わったら、次は知識のインプットです。ここで役立つのが「eラーニング」です。

eラーニングは、いわば「教科書」の役割を果たします。知識のムラをなくし、会社として「ここまで知っておいてほしい」という基準値を示すことができます。

隙間時間に取り組めるため、多忙な現場でも学習のハードルを下げることができ、日常的に知識をアップデートする習慣づくりにも役立ちます。
 

ステップ3:資格取得(証明とゴール設定)

研修と学習の総仕上げとして設定すべきゴールが「資格」です。

資格は、人材育成における最も客観的な「指標」だからです。

個人の経験則に依存せず、標準化された知識をインストールできます。組織全体の知識レベルを底上げし、誰がどのレベルにあるかを客観的な指標で証明するための、最も確実な手段です。資格は、スキルの「品質保証」といえます。

さらに重要なのは、社内の「共通言語」ができることです。

「クラウド」「API」「機械学習」といった言葉の意味を全員が理解していれば、情シス部門と現場との会話がかみ合うようになり、プロジェクトの進行スピードが劇的に向上します。

全社員向けでは、以下の2つの資格がお勧めです。

・ITパスポート(IPAの国家資格)
経営戦略、会計、法務からネットワーク、セキュリティまで、社会人が備えておくべきITの基礎知識が網羅されています。情シスではない社員にこそ、「共通言語」として持っていてほしい資格です。

・生成AIパスポート
生成AIの仕組みや活用法、そしてリスクに特化した資格です。ITパスポートよりも出題範囲が狭いため、現場のユーザーにとっては取り組みやすく、実務にも直結しやすいのが特徴です。

② 専門領域:DX推進エキスパートの育成

次に、IT部門・情報システム部門やDXプロジェクトメンバー、次世代幹部候補などの「エキスパート」育成です。この層には、より高度な専門性が求められます。

ここでの育成目的は、単なる技術力の向上だけではありません。ベンダー企業とは異なり、ユーザー企業はIT・デジタルを使い倒し、活用する力こそが問われます。

そのためには、ベンダーと対等に渡り合うための「目利き力」を養う必要があります。社内に知識がないと、不適切なベンダーを選んでしまい、不要なシステムを高額で契約させられるリスクがあるからです。

役割ごとに、推奨する資格を見ていきましょう。
 

【マネジメント・戦略層向け】

・IPA 高度情報処理技術者試験
応用情報技術者は、ベンダーと対等に議論できる幅広いIT知識の証明になります。

さらに、高度な専門性を求められる以下も極めて有効です。

・ITストラテジスト
・プロジェクトマネージャ
・システムアーキテクト
・データベーススペシャリスト
・情報処理安全確保支援士

合格率10〜20%前後の難関ですが、取得すれば非常に強力な武器となります。システム開発の現場指揮や、DX戦略の立案において、ベンダーと対等に会話ができるようになります。
 

【データ活用・実務層向け】

・DX推進パスポート
現代において、競争力を左右するのが「AI・データ分析」のスキルです。お勧めなのが、経済産業省の「デジタルスキル標準」に準拠したこの制度です。

・ITパスポート(IT活用力)
・G検定(AI活用力)
・DS検定リテラシーレベル(データ活用力)

この3つの試験合格数に応じて、バッジが発行されます。情シスが自信をもってDXをリードするための、客観的な実力証明となります。
 

【特定技術層向け】

・実務直結型の民間資格
内製化に力を入れるなら、特定領域の民間資格も視野に入ります。

・プロジェクト管理:PMP、スクラムマスター
・クラウド基盤:AWS、Azure、Google Cloudの認定資格
・データ活用:Tableau、PowerBI、Oracle MASTER

ただし、民間資格は受験料が高額で、数年ごとの更新費用がかかるケースがほとんどです。これらを個人の負担にさせるのではなく、会社が「全額負担」して支援しなければ、DXを担う専門性を組織として蓄積することはできないでしょう。
 

そして、これらと連動する領域のeラーニングや研修を合わせて計画していくと、効果的です。人材育成は、あくまで「資格」「eラーニング」「研修」の三位一体が基本だからです。

その上で、最重要なのは、プロジェクトに参画し「OJT」として実戦経験を身につけていくこと。ここで、その机上論だったスキルが一気に腹落ちし、定着していくことになります。

本気度を「人事制度」に落とし込む

「これはトップダウンじゃないとできないね」

社長は言いました。

その通りです。

しかし、教育を用意するだけでは、まだ「絵に描いた餅」です。

eラーニングや研修は業務命令として実施できますが、資格取得は最終的に本人の意思に委ねられます。だからこそ、社員の「やる気スイッチ」を押す仕組みが必要になります。

重要なのは、会社としての「本気度」を制度で示すこと。

「報奨金」や「資格手当」といった金銭的インセンティブは即効性があるため、適切に設計すべきでしょう。

しかし、より強力なのは「人事評価」への組み込みです。

実際に、管理職昇格の要件として「ITパスポート取得」を必須化する企業も出てきています。

これは、単なるスキルアップの推奨ではありません。

「デジタルリテラシーを持たない人に、組織の舵取りは任せられない」という、経営からの強烈なメッセージに他なりません。

ここまで踏み込むことで、組織の空気は確実に変わります。

人材育成は、資格、eラーニング、集合研修の「三位一体」でサイクルを回しつつ、資格手当などの金銭的インセンティブと人事評価などの「制度設計」までを含めて、総合的に計画すること。

そこではじめて、デジタル人材が育つ「環境」が整ったといえます。

さらに、こうした育成環境が整っていることは「採用活動」においても強力な武器になります。優秀な人材ほど、自身の市場価値を高められる環境を求めているからです。「リスキリング支援が充実している会社」というブランディングは、特に若手の採用において、大きな差別化要因となるでしょう。

貴社のDX戦略には、明確な「デジタル人材育成計画」が組み込まれていますでしょうか?


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情シスコンサルタント
田村 昇平

情シス(IT部門、情報システム部門)を支援するコンサルタント。

支援した情シスは20社以上、プロジェクト数は60以上に及ぶ。ITベンダー側で10年、ユーザー企業側で13年のITプロジェクト経験を経て、情シスコンサルティング株式会社を設立。

多くの現場経験をもとに、プロジェクトの全工程を網羅した業界初のユーザー企業側ノウハウ集『システム発注から導入までを成功させる90の鉄則』を上梓、好評を得る。同書は多くの情シスで研修教材にもなっている。

また、プロジェクトの膨大な課題を悶絶しながらさばいていくうちに、失敗する原因は「上流工程」にあるとの結論にたどり着く。そのため、ベンダー選定までの上流工程のノウハウを編み出し『御社のシステム発注は、なぜ「ベンダー選び」で失敗するのか』を上梓し、情シスにインストールするようになる。

「情シスが会社を強くする」という信念のもと、情シスの現場を日々奔走している。

著書の詳細は、こちらをご覧ください。