2026
4/08
目 次
終わらない基幹システムプロジェクト
「まだまだ油断できません」
A社の情シス課長が、苦笑いしながら口にしました。
A社は、3年以上かかった基幹システムの刷新プロジェクトを終え、ようやく本番稼働を迎えます。特に後半は、スケジュールの延伸やベンダーとのハードな調整が続き、本当に大変な道のりでした。
情シスは、課長を含めて3名。この間、持てるすべての労力を基幹システムに捧げます。会議の進行、進捗や課題の管理、ベンダー調整、ユーザーフォロー。これらを3名で分担し、全速力で駆け抜けました。
一方で、彼らは通常の情シス業務も「兼務」しています。
プロジェクトの余った時間で「ヘルプデスク」や「運用・保守」業務をこなすため、残業も常態化していました。特にヘルプデスクの負担は重く、ユーザーからの問い合わせは常に「緊急」です。対応が遅れればユーザーの仕事が止まってしまうため、後回しにはできません。
右手に最重要な「基幹システム」、左手に緊急な「ヘルプデスク」。常に両腕が塞がり、首が回らない状態です。
「全社を挙げて総動員でなければ乗り越えられない」。そう信じて、何とか本稼働にこぎつけたのです。
私は「これでようやく、DX戦略を前に進められますね!」と声をかけました。
ところが、情シス課長の反応は鈍く、消極的な言葉が続きます。
「基幹システムは二次開発も控えており、まだまだ余裕がありません」
「今、現場から離れたらクレームが殺到します」
たしかに、安定稼働するまではベンダーの開発も続き、残課題も100件以上あります。本番稼働したからこそ、現場からの改善要望も次々と上がってきます。
山積みのタスクを前に、プロジェクトはまだまだ終わりが見えません。
しかし、それだと、永遠に基幹システムに忙殺されてしまいます。
情シスは、このまま「基幹システム」「運用・保守」「ヘルプデスク」の3点セットと心中していいのでしょうか?
ホスピタリティの高さが招く「ユーザーの甘え」
A社の情シスは、社内からの信頼が非常に厚いチームです。
PCのトラブルからパスワードの失効まで、ユーザーのために「誠心誠意」の対応をしています。3名とも人柄がよく、真面目で優しい。だからこそ、現場から愛され、頼りにされています。
現場のことを思えば、情シスの手厚いサポートはこれからも欠かせません。
しかし、現場のこと「だけ」を考えるわけにはいかないのです。
情シスは、会社の「経営戦略」を支える存在でもあります。具体的に言えば、DX戦略を前に進める役割を担っています。
「守り」ばかりに注力していては、DX戦略を進める時間を捻出できません。現場ユーザーだけを見ていては、経営層の期待に応えられないのです。
つまり、情シスは「攻め」と「守り」のバランスを戦略的に変化させていく必要があります。
これまでの時間の使い方は正しかった。しかし、これからの使い方は変えていく。情シスは会社の状況に応じて、常に「進化」すべき存在なのです。
そのためには、前提として「ユーザーの自立」を促さなければなりません。
頼られるのは嬉しいことですが、頼られっぱなしでは情シスはいつまでも忙しいままです。
思い切って、業務マニュアルを整備し、システム管理者としてのタスクを最小限に留めること。問い合わせの一次窓口は情シスではなく、現場の主管部門に移管するのです。そこから、システムの専門的なトラブルだけを情シスに回す「仕組み」に変えていきます。
最初、情シスメンバーはこの構想に否定的でした。「ユーザーに不便を強いる」「自分たちのサポートがないと現場が回らない」と。
しかし、厳しい言い方をすれば、それは「ユーザーを甘やかしすぎ」なのです。
ユーザー自身がやるべきことを、情シスが肩代わりしている。それでアイデンティティを保つのは少し違います。情シスがユーザーを骨抜きにし、「ITリテラシー」を下げる原因になっているとしたら、自作自演になってしまいます。
ユーザーを教育し、自立させることも情シスの大切な役割なのです。
移管に向けて、情シスが完璧な業務マニュアルを作ろうとした際も、私はストップをかけました。
「マニュアルはユーザー自身に作らせましょう。その方が当事者意識が芽生え、自らメンテナンスもしてくれます」
情シスはサンプルを渡すだけに留め、作成の「支援」に回るべきなのです。
ノンコア業務は「アウトソーシング」へ
ここで、情シスメンバーにはあらためて考えてほしいことがあります。
情シスが攻めと守りのバランスを変える、明確なターニングポイントはいつでしょうか?
それはまさに「新基幹システムが稼働した後」です。
今までは基幹システムプロジェクトが最優先だったため、動かせませんでした。しかし、ここからは違います。情シスの判断次第で、タスクの優先順位を変えていけるのです。
ここから情シスは、意識的に「ギアチェンジ」をしなければなりません。
現状の3名体制では「無い袖は振れない」のです。
目の前のタスクに忙殺される日々を変えるには、真っ先に「余力の捻出」を検討すべきです。情シスのタスクを「コア業務」と「ノンコア業務」に分け、ノンコア業務を積極的に手放すのです。
ノンコア業務を手放すにあたり、まず考えられる選択肢は「アウトソーシング」です。
定型業務を外部に委託するのは最良の手です。しかし、A社には外に出せるほどの定型業務の「ボリューム」がありませんでした。システムの運用・保守は細かい作業が多く、全部足しても1人月に満たない。
一方で、大きく工数を取られている「ヘルプデスク」は、定型業務とは言い難い状況でした。
最近は、ユーザー自身が「生成AI」で自己解決しようとするため、単純な問い合わせは減ってきています。相談に至るのは、現場業務や固有システムを深く把握していないと対応できない問題ばかり(つまり生成AIに聞いても解決しない)。
部署を跨ぐ対応も多く、社内人脈を駆使し、直接現場へ足を運んで解決するような属人的な対応がほとんどだったのです。
これを無理にアウトソーシングしても、解決できない問題がブーメランのように情シスへ戻ってきます。結局、後始末に倍以上の手間がかかっては本末転倒です。
そのため、A社はアウトソーシングを見送りました。
情シス最大のターニングポイント「派遣採用」
次の選択肢。それは情シスの「増員」です。
増員には「正社員」と「派遣社員」の2種類があります。A社はどちらを選ぶべきでしょうか?
結論から言えば、現段階では明確に「派遣社員」です。
正社員からノンコア業務を手放そうとしているのに、正社員を増やしてしまっては、結局その正社員がノンコア業務をやることになります。
正社員がコア業務にシフトするためには、ノンコア業務をしっかり任せられる派遣社員が必要なのです。
幸いなことに、A社はタイミングよく経験豊富な派遣社員を1名受け入れることができました。
まずは運用保守の定型業務を任せます。そして、ここで1つ重要なミッションを与えました。
「すべての定型業務のマニュアル化」です。
情シスメンバーには、マニュアルを腰を据えて書く余裕がありません。だからこそ、派遣社員に任せるのです。情シスはレビューだけを担当しました。
その結果、運用保守の定型業務はすべてマニュアル化され、現在では派遣社員が一人で業務を回しています。仮に担当者が交代しても、マニュアルがあれば別の派遣社員が業務を継続できます。
徐々に情シスに余力が生まれてきたため、ヘルプデスクの簡単な対応も任せ始めました。今後はFAQやマニュアルをさらに充実化させ、派遣社員だけで対応できる領域を増やしていく予定です。
派遣採用こそ「情シスギアチェンジ」の絶好のタイミングなのです。
ギアチェンジから始まるDX戦略
「今後の展開を考えると、なんだかワクワクしてきますね」
A社情シス課長の表情は、見違えるように明るくなりました。
基幹システムの二次開発対応、データドリブン経営に向けたBIの構築、生成AIの全社活用、オンプレサーバーの削減、サイバーセキュリティ対策、業務アプリの移管、営業とマーケティングのデジタル化、新規サービスの創出、そして長期的な情シスの増員計画。
未来に目を向けた途端、やりたいことが次々と溢れ出てきました。これらを経営層と協議し、本格的なDX戦略を策定していくことになったのです。
A社の情シスは、着実に「攻め」へとシフトし始めています。
貴社のIT部門・情報システム部門は、基幹システムリリース後に、情シス組織戦略を加速させていますでしょうか?
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情シスコンサルティング株式会社
田村 昇平
情報システム部門(情シス)を起点に、経営戦略とDXを統合するコンサルタント。
システム開発を10年、ユーザー側のITプロジェクト支援を13年。ベンダーとユーザー、双方の立場を経て独立。これまで30社以上、100を超えるプロジェクトに携わる。
近年は、現場主導のDXが行き詰まる企業が多い現実を踏まえ、「経営主導」への転換を提唱。トップダウンでDX戦略を策定し、実行可能な形で「仕組み化」する支援を行っている。併せて、「情シスをDX推進の中核組織」へと進化させる独自メソッドも確立してきた。
膨大な現場経験での数多くの失敗や板挟みとなる葛藤。それらを乗り越えてきた知見をもとに、机上論ではない「再現性のあるDX」を追求する実務家として、経営者・CIO・情シス部長と伴走している。
主な著書に『システム発注から導入までを成功させる90の鉄則』『御社のシステム発注は、なぜ「ベンダー選び」で失敗するのか』『DXで経営戦略を仕組み化する技術』がある。
著書の詳細は、こちらをご覧ください。