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営業現場で蔓延する「シャドー名刺管理」を情シスはなぜ放置してはいけないのか?

2026

4/29

使われていない公式の名刺管理システム

「なんでこんなに名刺の登録枚数が少ないんですかね?」

情シス担当者が、管理者画面で利用データを見て嘆きました。

A社では、5年前に全社的な「名刺管理システム」を導入し、全社員にアカウントを配布しています。

しかし、利用率が極めて悪く、名刺の登録数が一向に伸びていませんでした。つまり、せっかく導入したシステムが現場でまったく使われていなかったのです。

その理由を探るため、現場の営業担当者にヒアリングをしてみると、驚愕の事実が明らかになりました。

会社が認めていない、有名な「無料名刺管理サービス」に、個人で何千枚もの名刺を登録していたのです。

他の担当者にも聞いてみました。すると、少し後ろめたそうに「別の無料サービスに大量登録している」とのこと。それぞれの好みで、多種多様な名刺管理サービスを活用していたのです。

決して一人や二人の話ではありません。営業現場ではそれが当然のツールであり、ほぼ「暗黙のルール」と化していました。

たしかに、これらの無料サービスは個人で使う分には便利すぎます。スマホで名刺をスキャンすれば即時に登録され、文字の読み取り精度も非常に正確です。操作性や検索性も優れており、「これで無料なのだから、使わない手はない」と思うのも無理はありません。

なおかつ、これらのサービスは無料版といっても「個人情報保護法やJIS Q 15001に基づいて運営し、Pマークも取得している」と謳われています。一見すると、セキュリティもしっかりしているように見えるため「これなら使っても大丈夫」と思えてしまいます。

しかし、問題はそこではないのです。

情シス的に言えば、これは典型的なシャドーITであり、「シャドー名刺管理」と呼ぶべき事態です。

このシャドー名刺管理、薄々は問題だと誰しもが思っています。しかし、あえて口には出しません。指摘すれば「藪蛇」になるからです。

そのため「現場を円滑に回す」という理由で、黙認されている企業も多いのではないでしょうか。

あらためて、何が具体的に問題なのでしょうか?

名刺は個人の持ち物ではない

この状況は、単に「社員が便利なアプリを使っている」という軽い話ではありません。「会社の重要な顧客接点データが、社外のコントロールできない場所に大量蓄積されている」ということです。

名刺情報には、氏名、会社名、部署、役職、電話番号、メールアドレスなどが含まれます。実質的には「個人情報」であり、「営業資産」であり、「取引先情報」に他なりません。

それらを踏まえると、具体的なリスクは次の8つに整理されます。

① 退職に伴う顧客リストの流出
② 担当者不在時(休職や異動など)の顧客対応ストップ
③ 誰が誰と繋がっているか分からない、キーパーソン人脈の属人化
④ 顧客データが連携されないことによる、CRM・SFAツールの形骸化
⑤ 名刺と営業活動履歴が紐づかない、商談履歴と人脈の分断
⑥ スマホ紛失やアカウント乗っ取り発生時のコントロール不能
⑦ 「会社指定以外のツールを使っても良い」というシャドーITの雪崩式な蔓延
⑧ IT部門の統制が軽視されることによる、全社DXの頓挫

経営を揺るがす2つの致命的なリスク

どれも大きな問題ですが、経営者の視点で最も致命的なのは、①の「顧客リスト流出」と⑧の「全社DX頓挫」でしょう。

企業にとって、顧客との繋がりは事業の「生命線」です。

何年もかけて、会社のお金と時間を使って築き上げた「会社の財産」が個人のスマホの中にあり、退職時にいとも簡単に持ち出されてしまう(あるいは競合他社に渡ってしまう)リスクを抱えているのです。これは、直接的な売上減少に直結する最大の経営リスクと言えます。

また、せっかく「攻めのDX投資」として高額なSFAやCRMを導入しても、情報の入り口である名刺データが連携されなければ、システムはただの空箱になってしまいます。

経営層が「データドリブン」な組織営業を描いていても、現場のシャドーITが1つあるだけで、経営戦略そのものが足元から崩れ去ってしまうのです。

これを黙認しているようでは、経営失格と言われても仕方ありません。

極めて深刻な状態といえます。

経営判断によるガバナンスの再構築

「早急に対応する」

現状を報告されたA社の経営者と営業部長は、事の重大さを認識し、次々と迅速な対応に打って出ました。

・会社業務で交換した名刺は「会社の情報資産である」と明文化
・会社指定外の名刺管理アプリへの登録を原則禁止
・上記を文書で発信し、翌月の経営会議および全社朝礼でトップ自ら宣言
・導入済みの公式名刺管理サービスのマニュアルを見直し、再配布
・名刺登録数の月別・部門別グラフを作成し、モニタリング運用を開始
・PCとスマホで、非公認の名刺管理アプリのインストール不可制御を設定

ちなみに、ここで課題となったのが、すでに無料アプリに登録されている名刺データの「移行」です。

一括ダウンロード機能があるサービスは、CSVなどで抽出し、会社の公式システムへ一括インポートできます。問題は、一括ダウンロードができないサービスでした。

中には「有料版にアップグレードすれば一括ダウンロード可能になる」ものもありました。社内では「シャドーITの後始末に費用を出すのは不適切だ」という声も上がりました。

しかし、最終的に経営者は「移行に伴う有料版への加入費用は経費として認める」と決断しました。一時的に有料版を購入してデータを一括ダウンロードし、移行が完了次第、即解約するという方針です。

この状況を放置して「シャドー名刺管理」を許し続ける方が、会社にとって遥かに大きなリスクです。目先の一時的な費用には目を瞑り、顧客情報の保全とガバナンスの回復を優先した、適切な経営判断だったと思います。

仕組みは未来に残る

「意外に使いやすいですね〜」

移行が完了したある社員が、公式システムを触りながらそうこぼしました。

「どの口が言っているのか!」と感情的になる情シスメンバーもいましたが、移行プロジェクトのリーダーはこう言いました。

「顧客情報がきちんと蓄積される『仕組み』を構築できたことを、まずは素直に喜ぼう」

まさにその通りだと思います。過去を振り返ると「導入時に移行を徹底すべきだった」とか、「ユーザーへの周知が甘かった」など、沢山の反省点が出てきます。

ですが、それも良い経験となりました。次回はもっとうまくやれるはずです。会社の「あるべき姿」を取り戻したので、今は前を向いて進みましょう。

貴社には「シャドー名刺管理」は存在していないでしょうか?

DXで経営戦略を仕組み化する技術

情シスコンサルティング株式会社
田村 昇平

情報システム部門(情シス)を起点に、経営戦略とDXを統合するコンサルタント。

システム開発を10年、ユーザー側のITプロジェクト支援を13年。ベンダーとユーザー、双方の立場を経て独立。これまで30社以上、100を超えるプロジェクトに携わる。

近年は、現場主導のDXが行き詰まる企業が多い現実を踏まえ、「経営主導」への転換を提唱。トップダウンでDX戦略を策定し、実行可能な形で「仕組み化」する支援を行っている。併せて、「情シスをDX推進の中核組織」へと進化させる独自メソッドも確立してきた。

膨大な現場経験での数多くの失敗や板挟みとなる葛藤。それらを乗り越えてきた知見をもとに、机上論ではない「再現性のあるDX」を追求する実務家として、経営者・CIO・情シス部長と伴走している。

主な著書に『システム発注から導入までを成功させる90の鉄則』『御社のシステム発注は、なぜ「ベンダー選び」で失敗するのか』『DXで経営戦略を仕組み化する技術』がある。

著書の詳細は、こちらをご覧ください。