2026
10/23
目 次
DX戦略の素案に書かれた一文
「3年後、AIエージェントで社員の30%を『デジタル社員』に置き換える」
あるDX戦略の素案に、このメッセージが書かれていました。
A社は今、DX戦略を策定しています。情シス部長はAIエージェントを戦略の目玉にしたいと考え、素案をつくってきました。
私が「これは?」と聞くと、情シス部長が答えます。
「先日、あるベンダーが提案資料を持ってきて、その一文をそのままパクりました」
インパクトがあって、気に入っているそうです。
社長はこれを読んで、考え込んでいました。
最近は、生成AIから一歩進んだ「AIエージェント」が注目されています。与えられた目的に応じて手順を組み立て、必要なツールを使って自律的に仕事を進めます。
人間の社員に目的を伝えて「あとは自分で考えて動いてほしい」と任せる姿に、よく似ています。
だから「デジタル社員」と呼ばれるのでしょう。
それなら、AIエージェントに仕事を任せれば、人間の社員を減らせるのではないか。人手不足に悩む企業、特に採用で苦戦する中小企業には、救世主に見えるかもしれません。
しかし本当に、AIエージェントで社員を減らせるのでしょうか?
AIエージェントが代替するもの
AIが代替するのは、社員ではなく業務です。
「デジタル社員」という呼び方は、現時点では少し言い過ぎだと思います。
もちろん、AIエージェントは確実に進化しています。
例えば、顧客からメールで届いた注文書を読み取る。基幹システムに受注データを登録する。在庫と納期を確認し、顧客へ回答メールを送る。
これまで営業事務の社員が手作業で行ってきた一連の業務です。それを今、技術的には、AIエージェントが代行できるようになってきました。これは大きな進歩です。
しかし、受注データの登録をAIに任せても、営業事務の社員が不要になるわけではありません。納期変更の調整がある。顧客との交渉がある。イレギュラーな案件への対応もある。
社員の仕事には、経験に裏づけられた判断や暗黙知、関係者との調整が数多く含まれています。いわゆる「非定型業務」です。
一方、AIエージェントが代替できるのはルールが明確な「定型業務」です。それは、社員が担う仕事の一部にすぎません。
AIで自動化し、人間に残った仕事を組み直せば「省人化」は十分に可能でしょう。しかしそれは、社員をAIエージェントに置き換えた結果ではありません。業務そのものを「再設計」した結果です。
社員を何人AIに置き換えるか。その発想が、そもそも違うのです。
AIに任せてよい範囲を見極める
さらに、AIエージェントには「信頼性」と「責任」の問題があります。
AIは自律的に仕事を進めます。その結果、請求処理を誤るかもしれない。顧客に間違った回答をするかもしれない。
そのとき「AIが勝手にやったことです」では済まされません。
だから、すべての業務を無条件にAIへ任せるわけにはいかないのです。重要な処理には、人間の承認を挟む。例外的な案件は、人間に戻す。AIが間違えることを前提にした仕組みが必要です。
「AIができること」と「企業がAIに任せてよいこと」は違います。
AIエージェントありきで考えない
先日も、別の現場でこう言われました。
「Excelマクロで行っている請求計算を、AIエージェントに置き換えようと思います」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください」と、動揺しました。ただ、何から説明すればよいか戸惑ってしまいます。
最近は、何でもかんでも「AIで解決」という風潮があります。私は、これに大きな違和感を覚えます。
業務を効率化・自動化したいなら、まず業務を見直すべきです。そのうえで、最適な手段を選ぶ。
・決められたロジックや計算式で処理するなら、既存システムやプログラム
・決められた手順を自動化するなら、API連携やRPA
・文書を理解し、状況に応じて判断するなら、生成AIやAIエージェント
これらは、組み合わせることもできます。請求書の読み取りにはAIを使う。消費税や請求金額の確定には、厳格な計算ロジックを持つプログラムを使う。その結果を基幹システムに入力するのにAPI連携を用いる、等。
100回実行して、1回でも間違う(ハルシネーション)と困る領域には、AIは危険です。100回実行して、100回再現・成功する手段を選択すべき。
つまり、すべてをAIに任せる必要はないのです。
AIに飛びつく前にやるべきこと
AIエージェントの導入よりも、遥かに大事なことがあります。
業務の「標準化」です。
社内には、担当者の経験や勘で処理されている業務が数多くあります。そうした業務をAIに任せるなら、少なくとも次のルールを明確にしなければなりません。
・何を正しい処理とするか
・どこまでAIに権限を与え、任せるか
・どのような場合に人間へ引き継ぐか
「AIエージェントで何ができるか」から考えてはいけません。不向きな業務まで、無理やりAIで実装してしまうからです。
先に「この業務をどう変えるか」を考える。その実現手段としてAIが最適なら、使えばよいのです。
アクセルとブレーキは情シスが握る
今は空前のAIブームです。何でもAIで解決できそうな期待感があります。ユーザーが盲目的にAIを使おうとするのも、仕方のないことでしょう。
しかし、そこで適切に「ブレーキ」を踏むのが、情シスです。
情シスまでAIありきで考えると、全体最適から大きく外れていきます(かつてのRPA乱立と同じです)。
ユーザーは、目の前の業務を良くしたい。情シスは、全社の業務とシステムを見渡せる。
既存システムで済むのか。API連携やRPAが向いているのか。それとも、AIエージェントを使うべきか。
情シスだからこそ、最適なIT技術やデジタル手段を提案できます。
そのうえで、AIリテラシーを社内に持ち込み、AIが最適な領域には思いっきり「アクセル」を踏む。
これが情シスの役目です。
書き換わったDX戦略のメッセージ
「ウチは人を減らしたいわけじゃない。人が採れなくて困っているんだ」
考え込んでいた社長が、突然口を開きました。
そこから議論が深まっていきます。A社は最終的に、DX戦略のメッセージをこう書き換えました。
「業務の標準化・自動化を推進し、増員せずに受注件数1.5倍に対応する」
「生まれた余力は、顧客への提案と品質改善に振り向ける」
DX戦略で経営判断すべきは、デジタル社員を何人採用するかではありません。人間とAIの協働を前提に、業務と組織をどうつくり変えるか。そして、それをどう企業の成長につなげていくか、です。
貴社のDX戦略は、AIエージェントをどう位置づけていますか?
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情シスコンサルティング株式会社
田村 昇平
情報システム部門(情シス)を起点に、経営戦略とDXを統合するコンサルタント。
システム開発を10年、ユーザー側のITプロジェクト支援を13年。ベンダーとユーザー、双方の立場を経て独立。これまで30社以上、100を超えるプロジェクトに携わる。
近年は、現場主導のDXが行き詰まる企業が多い現実を踏まえ、「経営主導」への転換を提唱。トップダウンでDX戦略を策定し、実行可能な形で「仕組み化」する支援を行っている。併せて、「情シスをDX推進の中核組織」へと進化させる独自メソッドも確立してきた。
膨大な現場経験での数多くの失敗や板挟みとなる葛藤。それらを乗り越えてきた知見をもとに、机上論ではない「再現性のあるDX」を追求する実務家として、経営者・CIO・情シス部長と伴走している。
主な著書に『システム発注から導入までを成功させる90の鉄則』『御社のシステム発注は、なぜ「ベンダー選び」で失敗するのか』『DXで経営戦略を仕組み化する技術』がある。
著書の詳細は、こちらをご覧ください。