2026
6/11
人事部門からの相談
「G検定と生成AIパスポート、どちらがよいですか?」
ある企業の人事部門の方から、こう聞かれました。資格支援制度を改訂しているとのことです。
この企業は製造業ですが、先日、生成AIを導入したばかりです。まだ試行錯誤の段階ではあるものの、社内では「AIリテラシー」の必要性が日に日に高まっています。
AIリテラシーがなければ、AIを業務で活用し、生産性や品質を上げることはできません。それどころか、ハルシネーションを信じ切って、誤った情報のまま業務を進め、大きなトラブルに発展するかもしれません。
さらには、機密情報を入力して情報漏洩につながったり、知らず知らずのうちに著作権を侵害したり、会社に深刻なダメージを与えかねません。
そこで、AI系の資格として候補に挙がったのが、この2つでした。
ユーザー企業にとって、この2つの資格はどちらが有効なのでしょうか?
私はこの問いに答えるため、実際に2つの資格を受験しました。先日、2つとも何とか合格できましたので、その実体験をもとに考察したいと思います。
両方受験して分かった「2〜3割しか重ならない」現実
まずは簡単に、2つの資格を説明します。
生成AIパスポートとは、一般社団法人生成AI活用普及協会(GUGA)が主催する、生成AIを安全かつ正しく業務で活用するための基礎リテラシーを証明する民間資格です。
G検定とは、一般社団法人日本ディープラーニング協会(JDLA)主催の、AI・ディープラーニングの活用リテラシーを測るための民間資格試験です。
どちらも「AIに関するリテラシーを証明する民間資格」という点は同じです。一方で、生成AIパスポートは文字通り「生成AI」に特化していますが、G検定では「AI・ディープラーニング」が対象であり、もっと広くAI全般が出題範囲となります。
実際に受験してみると、その違いは想像以上に大きいものでした。
① 生成AIパスポート
生成AIパスポートの難易度は、生成AIを普段から使っている「ユーザー」にはちょうどいいレベルです。
利用者側の立場から、ハルシネーションや著作権の問題などが出題されるため、日常的に使っている人なら興味をもって勉強に取り組めます。
普段から生成AIを使い倒している人であれば、直前に暗記問題を数時間ほどやれば合格できるでしょう。
私もヘビーユーザーなので、弱そうな部分を集中的に勉強し、何とか効率的に合格できました。
ちなみに、試験勉強にGeminiは重宝します。詳細は以下コラムをご参照ください。
(試験勉強すらDXする時代。GeminiとChatGPTの「決定的な違い」と法人AIの選び方)
② G検定
問題は、G検定です。
生成AIパスポートを受験した翌週、勉強した知識を活かせると考え、ほぼ勉強せずに受験しました。
結果は、撃沈でした。
出題される用語がほとんど分からず、試験の途中で合格を諦めました。後で調べてみると、両者の試験範囲は約2〜3割ほどしか重なっていなかったのです。
では、手も足も出なかった領域とは何でしょうか?
「AIの歴史と基礎概念」「機械学習のアルゴリズム」「ディープラーニングの構造」です。これらは生成AIではありません。そして、ユーザーの日常業務ではまず縁のない領域です。
例えば、次のような専門用語が問われます。皆さまは、1つでも説明できるでしょうか?
(過去のAIシステム)
DENDRAL、MYCIN、ELIZA、PARRY、ILSVRC など
(機械学習)
ラッソ回帰、L1正則化項、リッジ回帰、シグモイド関数、交差エントロピー、SVM、k近傍法、t-SNE、特異値分解(SVD)、多次元尺度構成法(MDS)、k-means法、マルコフ決定過程、Q学習、F値、ROC曲線 など
(ディープラーニングの概要)
勾配消失問題、確率的勾配降下法(SGD)、AdaGrad、RMSprop、Adam など
(ディープラーニングの技術要素)
AlexNet、VGG、GoogLeNet、ResNet、DenseNet、MobileNet、RNN、LSTM、BoW、TF-IDF、OpenPose、PaLM、GLUE、NeRFなど
特にアルファベットの専門用語は推測のしようがありません。「選択肢4分の1」の抽選を祈るだけになります。どれも正解に見えるので、ただでさえ時間がないのに、最後は本当に時間切れになります。
そして、AIの歴史問題が多すぎるのです。
「1956年に開催されたダートマス会議で誰が何を発表したか?」
「1970年代にスタンフォード大学で開発されたMYCIN(マイシン)とは何か?」
別に、過去の歴史を軽視しているわけではありません。しかし、現代では使われない用語やシステムの内部仕様です。
ここまでくると意地になります。2回目は専門用語の暗記を中心にしっかりと勉強し、何とか合格はしました。
しかし、勉強を重ねるごとに「これは誰向けの試験だろうか?」と何度も考えさせられました。
全社員のAIリテラシー教育に向いているのは
誤解のないように言うと、私はG検定そのものを否定したいわけではありません。
AIを深く学びたい人、情シスやDX推進部門でAI活用をリードしたい人、将来的にAI内製に関わりたい人にとっては、十分に意味のある資格だと思います。
あらためて日本ディープラーニング協会の定義を確認すると、「G検定は、AI・ディープラーニングを『事業活用する人材』向けの資格」と書かれていました。
しかし、「全社員にAIリテラシーを身につけさせたい」という目的で、G検定を義務化するのは違うと思います。
それは、車を安全に運転できる人を増やしたいのに、全員にエンジンの構造や燃焼効率の歴史を暗記させるようなものです。
もちろん、エンジンの知識は無意味ではありません。ですが、まず必要なのは、事故を起こさず、安全に、目的地まで運転できる力ではないでしょうか。
生成AI時代の一般社員に必要なのも同じです。
必要なのは、AIの歴史トリビアを暗記することではありません。ハルシネーションを疑う力、機密情報を入力しない判断力、著作権や個人情報に配慮する感覚、そして自分の業務で生成AIをどう使えば成果につながるかを考える力です。
だから私は、全社員向けのAIリテラシー教育としては、G検定は向いていないと考えます。
ただし、情シスは話が別
一方で、情シスに限っては、話は別です。
情シスがAIに詳しくなれば、「AI内製開発」という選択肢をとれるようになります。企業としてAI内製に本腰を入れ、それを業務変革やビジネス応用に発展させていく道が開けるのです。
そのAI活用を社内でリードするのは、もちろん「情シス」であるべきです。そのため、情シスが率先してG検定を取得していくという戦略は十分にあり得ます。
また「専門部署が専門性を高めるために資格をとる」とも考えられます。
経理部門が簿記検定をとるのと同じです。
経理部門も、今や会計システムですべて自動化されるため、手で仕訳を作るなど、簿記の知識がそのまま発揮されるケースは極めて少なくなりました。それでも、トラブルが発生した際の対応や、システムの裏側を理解した上での応用は、簿記の知識があってこそ可能になります。
情シスも同じです。
AIを直接作らなくても、AIシステムの裏側を理解することで、ブラックボックス化を防ぎ、活用度を高めることができます。AIベンダーの言いなりにならないためにも、自社開発で主導権を握るためにも、裏側を知ることは必ず役に立ちます。
つまり、情シスにとっては有効な資格といえます。
ただ、歴史や過去の専門用語の比率が高いのは、やはり気になります。明らかに現代では使われない用語や内部仕様の問題が多く、勉強している時に大きなストレスでした。
正直なところ、この資格の有用性を疑ってしまう瞬間もありました。もう少し現代で使われている用語やアルゴリズム、考え方の比率が高まれば、もっと自信を持ってユーザー企業にお勧めできるのに……と思ったのは事実です。今後の改善に期待したいところです。
資格は適材適所で使い分ける
「全社員向けのAIリテラシー向上であれば、生成AIパスポートをお勧めします」
冒頭の人事部門の方には、こう回答しました。その上で「情シス向けにはG検定」を推奨しました。
ただし、資格は人材育成のための手段の1つにすぎません。
eラーニング、リアル研修、ハンズオン研修など、他の手段も組み合わせること。そして何より、業務での活用実践を通じて、総合的にAI人材育成を進めていくべきです。
貴社では、AI時代に合わせたAI人材育成計画を立てていますでしょうか?
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情シスコンサルティング株式会社
田村 昇平
情報システム部門(情シス)を起点に、経営戦略とDXを統合するコンサルタント。
システム開発を10年、ユーザー側のITプロジェクト支援を13年。ベンダーとユーザー、双方の立場を経て独立。これまで30社以上、100を超えるプロジェクトに携わる。
近年は、現場主導のDXが行き詰まる企業が多い現実を踏まえ、「経営主導」への転換を提唱。トップダウンでDX戦略を策定し、実行可能な形で「仕組み化」する支援を行っている。併せて、「情シスをDX推進の中核組織」へと進化させる独自メソッドも確立してきた。
膨大な現場経験での数多くの失敗や板挟みとなる葛藤。それらを乗り越えてきた知見をもとに、机上論ではない「再現性のあるDX」を追求する実務家として、経営者・CIO・情シス部長と伴走している。
主な著書に『システム発注から導入までを成功させる90の鉄則』『御社のシステム発注は、なぜ「ベンダー選び」で失敗するのか』『DXで経営戦略を仕組み化する技術』がある。
著書の詳細は、こちらをご覧ください。