2026
4/22
目 次
単価アップ交渉の裏側にある「10年の歴史」
「今流行りのベンダーの単価アップ交渉がウチも来ましたよ」
先日、10年前にお世話になったユーザー企業の方と会食しました。
彼は当時、情シスの若手メンバーでしたが、今では情シス部長として活躍されています。あの当時、一緒に再構築した基幹システムも、再びリプレイスの話が浮上しているそうです。
自分が関わったシステムがなくなるのは少し寂しいですが、10年持ったなら、そろそろ入れ替えを検討する時期でしょう。
詳しく話を聞いていくと、当時の彼の上司は定年退職し、先輩は異動で全員いなくなり、彼が情シスのトップになったとのこと。
一方で、その当時の懐かしい名前の方々が、まだたくさんいらっしゃるというのです。
どこにいるかというと「ベンダー側」です。
当時、基幹システムを再構築したベンダーのメンバーが、現在は保守ベンダーとしてずっと残り、システムを運用してくれているそうです。
私もそのベンダーの方々とは、再構築プロジェクトで3年間お世話になりました。当時はいろいろありましたが、何度も飲みに行ったり、対立したり。でも、終われば戦友です。
今も元気にされていると聞いて嬉しかった反面、まだ同じ現場にいることに驚き、少々複雑な思いも抱きました。
その保守ベンダーから「単価アップ」の相談が来たらしいのです。
果たして、応じるべきなのでしょうか?
社員より自社業務に詳しい「社外情シス」
総合職を採用している大企業では、社員の「ジョブローテーション」が定期的に行われます。
そのため、情シスに配属されても、大抵は数年から10年以内に他の部署へ異動となります。
ちなみに、その情シス部長が10年以上留まっているのは異例らしく、後継者が決まり次第、彼も異動になるそうです。
一方で、基幹システムを保守するベンダーの担当者は長くなる傾向にあります。10年以上、時には20年にもなる人がザラにいます。
すると、どうなるのでしょうか。
システムの仕様に詳しいのは当然ですが、「業務」についても、社員より詳しくなります。社内の他部署の「人脈」も、情シス社員以上に広くなります。他システムのベンダーとも、スムーズに連携をとることができます。
さらに、現在のシステム仕様だけでなく、「なぜそのような仕様になったのか」という歴史的経緯や、現場の泥臭い業務プロセスおよびイレギュラー対応まで熟知している、非常に稀有な存在となります。
これが非常に大きいのです。
経営陣や情シス部門長がDX戦略を描き、新たな変革を進めることができるのも、彼らが足元の基幹システムを盤石に支えてくれているからに他なりません。
システムだけでなく、業務についても「そのベンダーに聞くのが一番早くて確実」という状態になっています。20年選手にもなると、情シス社員が3代ほどゴッソリと入れ替わっており、新しく来た社員への「教育係」を担っていることも珍しくありません。
ベテランベンダーはキャリアよりも自社を優先してくれている
そんなベテランベンダーを、どう扱うべきでしょうか。
もちろん、大切にすべきです。
そのベテランは、自身の技術者人生をかけて、その現場、そのシステムを支えてくれています。
そもそもベンダーの技術者にとって、1つの現場に長期間とどまることは極めて大きなリスクです。
色々な現場で複数の技術を習得し、新しい開発手法に触れ、様々な業界のシステムに関わった方が、技術者としては間違いなく成長できます。経歴にも箔がつき、キャリアアップに直結します。
彼らは、それらをすべて犠牲にして、その現場に留まっているともいえます。
もちろん、「同じところに居る方が楽だから」という理由で留まる人も中にはいるかもしれません。しかし、社員が次々と異動していく中で、そのベテランはずっと留まり、システムを堅牢に守ってくれているという事実。
それだけで、この現場には誰よりも多大に貢献しているのです。
そこにもっと敬意を払い、きちんと評価すべきです。
しかも、そのような10年選手、20年選手は、総じて人柄が良く、ユーザー部門や情シスから愛されています。細やかな気遣いをしてくれるからこそ、これだけ長く契約が続いているのです。これは、職務経歴書からは見えにくい「人柄」や「人格」の良さの証明でもあります。
私も当時、その方の人柄に惹かれた一人でした。
情シス組織における重要なパートナー
情シスの「組織戦略」という観点からも、そのベテランは非常に貴重です。
基幹システムを保守するベンダー要員は、言うなれば「社外情シス」です。
昨今、情シスの役割は多様化しています。情シス社員だけでは、膨大な範囲のシステムをカバーすることは到底不可能です。社外の複数のベンダーと協力することで、初めて開発、保守、維持が可能になります。
本来なら情シスがやるべき作業も、保守ベンダーは文句も言わずに肩代わりしてくれます。情シス社員は異動のたびにノウハウが途切れがちですが、その組織的リスクを保守ベンダーが代わりにカバーしてくれているのです。
彼らを「情シスメンバーの一員」だと捉えれば、決して軽視することはなくなります。大事な存在だという気持ちが、自然と湧き上がってくるはずです。
大切なのは、彼らを単なる「便利な外注」として使い潰すのではなく、かけがえのないビジネスパートナーとしてリスペクトすること。そして、彼ら自身のキャリアやモチベーションにも配慮した関係性を構築することです。
ベテランベンダーを大切にする5つの方法
では、具体的にどのように大切にすればよいのでしょうか。
私は以下の方法が有効だと考えます。すべてを実行する必要はありませんが、状況に応じて複数を組み合わせると非常に効果的です。
① 適正な対価の支払い
コスト削減の対象にするのではなく、その熟練度と貢献度に見合った単価アップを容認し、担当者自身の待遇向上に繋がるよう配慮します。例えば、情シス社員の教育係も担っているのなら、善意に頼るのではなく正式な業務として依頼し、単価に反映させるのが理にかなっています。
② 経営層・部門長からの公式な感謝
現場で「ありがとう」と言うだけでなく、自社の経営層からベンダー企業の経営層へ公式に「感謝状」を贈るなど、担当者の社内評価が上がる状況を作ります。私も前職でもらったことがありますが「長く現場にいること=良いこと」という評価に変わり、モチベーションが跳ね上がりました。
③ 最新技術に触れる機会の提供
古いシステムの保守に閉じ込めるのではなく、「クラウド移行」や「AI活用」など新しいプロジェクトが立ち上がった際は、彼らにも参画してもらいましょう。新しい機会の提供で、彼らはものすごく張り切り、実は期待以上の成果をもたらしてくれます。
④ 労働環境の最適化
快適な作業スペースの提供やリモートワークの許可など、自社社員と同等の働きやすい環境を提供します。彼らを身内の情シスだと思えば、当たり前のことです。ベンダーは成果物がハッキリしているので、労働時間よりもアウトプットで評価しやすいです。
⑤ 事例インタビューへの協力
ベンダー企業から「成功事例としてインタビュー記事を掲載したい」と打診された際、快く応じることです。社内調整は少し手間ですが、追加コストをかけずにモチベーションが上がるなら、安い投資といえます。
ただし、一つ重要な補足があります。
「大切にすること」と「依存すること」は違います。
ベテランベンダーは大切にすべきですが、すべてをその人に頼り切る「過度な属人化」は危険です。理想は、感謝と敬意を持って厚遇しつつ、彼らの知識を徐々に組織へ移転し、属人化を減らしていくというバランスをとることです。
情シス部長が出した答え
「今回、限界まで引き上げましたよ!」
情シス部長は、晴れやかな笑顔でそう答えました。
私と同じく、彼もそのベテランベンダーには深い感謝の気持ちを抱いているとのこと。数年前には、ベンダーの事例インタビューにも快く応じたそうです。
今回は、自分の権限の範囲内で精一杯、単価を上げたと言っていました(それでも中小ベンダーなので大手よりは安い)。
たったそれだけで、自社の守りが強固になるのであれば、安い投資と言えます。それを意気に感じて、ベンダーの彼らは引き続き張り切って保守をしてくれるはずです。
「もし、彼らが他の現場に移りたいと言い出したら、快く送り出したい」
情シス部長はそうも言っていました。私も大賛成です。彼らがこれまで培ってきた貴重なノウハウを他の現場で求められたなら、ぜひ背中を押してあげてほしいと思います。
その際、彼らはきっと感謝の気持ちを込めて、手厚い引き継ぎドキュメントを残してくれるはずです。それが、属人化を解消する最後のプロセスとなります。
その時は、送別会に私も呼んでほしいとお願いしました。
情シス社員が異動で入れ替わる中、長く同じ現場を支えてくれるベンダーは、まさに「社外情シス」です。だからこそ、安く使い倒すのではなく、会社の重要なパートナーとして大切にすべきなのです。
貴社は、情シス社員よりも長く現場を支えているベテランベンダーを大切にしていますでしょうか?
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情シスコンサルティング株式会社
田村 昇平
情報システム部門(情シス)を起点に、経営戦略とDXを統合するコンサルタント。
システム開発を10年、ユーザー側のITプロジェクト支援を13年。ベンダーとユーザー、双方の立場を経て独立。これまで30社以上、100を超えるプロジェクトに携わる。
近年は、現場主導のDXが行き詰まる企業が多い現実を踏まえ、「経営主導」への転換を提唱。トップダウンでDX戦略を策定し、実行可能な形で「仕組み化」する支援を行っている。併せて、「情シスをDX推進の中核組織」へと進化させる独自メソッドも確立してきた。
膨大な現場経験での数多くの失敗や板挟みとなる葛藤。それらを乗り越えてきた知見をもとに、机上論ではない「再現性のあるDX」を追求する実務家として、経営者・CIO・情シス部長と伴走している。
主な著書に『システム発注から導入までを成功させる90の鉄則』『御社のシステム発注は、なぜ「ベンダー選び」で失敗するのか』『DXで経営戦略を仕組み化する技術』がある。
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